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『ドアが閉まります』って、運転手さん(車掌さん)がドアを閉めてると思うんだけど、なんで『閉めます』じゃなくて『閉まります』って言うんだろう?
オンライン日本語教師のちゃそです!
日本で生活していると「ドアが閉まります」ってよく聞きますよね。
電車のドアって、車掌さんがボタンを押して閉めていると思うんですが、でもアナウンスは「ドアを閉めます」じゃなくて「ドアが閉まります」。
エレベーターでも同じです。
- ドアが開きますのでご注意ください
- 5階に止まります
- ドアが閉まります

最近はエレベーターガールはいませんが、アナウンスが流れる場合はこれですよね
人が操作していても、そのことを出さないような、ものの動きだけを話しています。
これは、日本語の特徴のひとつです。
今日はこのような自動詞と他動詞がよく使われる場面について見てみましょう!
自動詞と他動詞の基本的な意味についてはこちらにもまとめています👇
こんなとき、日本語は「自動詞」を使う
日本語にはこういう「人がやっているのに、『ものが〜する』という表現があります。

例1:アナウンス
「ドアが閉まります。ご注意ください。」

さっきの電車・エレベーターのアナウンスがまさにそうだね

例2:自分の決めたことの報告
「来月、結婚することになりました」
これもよく聞きますよね。
でも、結婚って自分で決めることですよね。
なのに、なぜ「ことにしました」より、「ことになりました」を使ったほうがしっくりくるのでしょう?
参考書にも、こんな説明がありました
実際は自分が意志的に決めたことであっても、次のように「ことになる」で表現することがあります。
(8) 今度、洋子さんと結婚することになりました。
これは、自動詞的な表現である「なる」を使うことによって、話し手の意を表現することを避けようとする心理に基づくものです。
出典:『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』p.77〜78
「なる」は自動詞的な表現なんですね。
だから、自分で決めたことなのに「自分の意志を前面に出さずに伝える」ニュアンスが出ます。
別の参考書(『初級日本語文法と教え方のポイント』p.258)にも、「日本人は押し付け表現を嫌う傾向がある」という記載がありました。
自分で決めたにもかかわらず、人が決めたような言い方をすることで、婉曲に、謙虚に伝えられるんだそうです。
確かに「結婚することにしました!」って言うと、なんかちょっと押しが強い感じがするんですよね。

結婚する気なかったけど、ついに結婚する気になった!みたいな感じがするかも(笑)

【自分が!!!】決めたんだって感じがするね
「ことになりました」のほうが、相手にも受け入れてもらいやすい気がします。
日本語ネイティブだから、無意識にこういう使い分けをしているんだなあと思います。
自動詞・他動詞の基本については、こちらの記事もどうぞ👇
日本語は『誰がした』より『どうなった』?
私自身、参考書を読んでて「へえ〜!」となった話なんですが、『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』にこんな記述がありました
日本語は「『なる』型言語」で、動作主を表に出さない表現を好む傾向があるのに対し、英語などは「『する』型言語」で、動作主を中心に出来事を描くのを好む傾向があるとされています。
出典:『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』p.102(池上嘉彦『「する」と「なる」の言語学』1981 を紹介)
ざっくり言うと、こういうことみたいです↓
- 日本語は「なる型」(動作主を出したがらない)
- 英語は「する型」(動作主をはっきり出す)
具体例を見るとよく分かります

| 英語 | 日本語の自然な訳 | 日本語の直訳(不自然) |
| The sun burned the skin. | 肌が日に焼けた。 | 太陽(の光)が肌を焼いた。 |
英語は「太陽が肌を焼いた」と、動作主(太陽)を主語にして他動詞で表現しています。
でも日本語は「肌が日に焼けた」と、もの(肌)を主語にして自動詞で表現しています。

同じ出来事なのに、言い方が違うんだね!
ほかにも、こんな記述がありました
日本語では、動作主の存在を含意しない表現のほうが、それを含意する表現より好まれる傾向があり、前者のほうが後者よりも丁寧な表現と感じられる傾向にあります。
そのため、次の(11)のようなアナウンスなどでは動作主の存在を含意しない自動詞のほうがよく使われます。(11) ドアが閉まります。ご注意ください。 cf.ドアを閉めます。
出典:『初級を教える人のための日本語文法ハンドブック』p.102

「ドアが閉まります」が乗客(お客さん)に対してよく使われるのは、こういう理由なんですね
日本語って「あえて意志をぼかす」ことで丁寧さや謙虚さを表現する言語なんだなと、改めて感じました。

学習者に伝えるときも、「文法ルール」というより「日本語の感覚」として伝えると、納得してもらいやすいかもしれません
「他動詞」で誠意を示す場面

ここまで「日本語は意志をぼかす表現を使いやすい」という話をしてきましたが、逆のパターンもあります。
それが、自分の責任を表す場面です。
ちょっと私の昔の話を聞いてください(笑)
小学生のころ、児童館で友だちと卓球をしていたんです。
テンションが上がって、はしゃぎながら遊んでいました。
そんなとき、落としたピンポン玉を、わざとじゃないんですけど、つまずいて踏んでしまって潰してしまいました。
それで、児童館のスタッフさんのところに走っていって
「先生〜、ピンポン玉壊れた〜!」って報告したんです。
わざとじゃなかったし、怒られたくなかったし、テンションも上がってたから、つい「壊れた」と言ってしまいました。
でも、もちろんその後すぐに、
「『壊した』でしょ!勝手に壊れません!」
って、しっかり怒られました🔥
「壊れた」(自動詞)で言うと、勝手に壊れたみたいな印象になります。
「壊した」(他動詞)で言うと、自分の責任として認める感じになりますよね。
子どもの私には「壊した」って言うと怒られると思って、ついぼかしてしまったんでしょうね笑

逆に、もっと怒られることになったわけですが…笑
このピンポン玉と同じような例が、初級日本語文法と教え方のポイントにも載っていました。
たとえば、借りたカメラを壊してしまった場面。
・お借りしたカメラをこわしてしまいました。すみません。
・お借りしたカメラがこわれてしまいました。すみません。
この2つ、印象がずいぶん違いますよね。
自動詞の「こわれてしまいました」だと、なんだか「カメラが勝手に壊れた」みたいな印象になってしまいます。
仮に自分が壊したわけじゃなかったとしても、借りた人がちゃんと管理するべきことですよね。
他動詞で「こわれてしまいました」と言うことで、この人誠意がない!と反感を買ってしまうかもしれません。
(参考:『初級日本語文法と教え方のポイント』p.258)
事故の場面でも同じです。
・事故を起こしたのは私の責任です。申し訳ありません。
・事故が起こったのは私の責任です。申し訳ありません。
謝罪としては、他動詞の「起こした」のほうが適切です。
自分の責任としてはっきり認めるほうが、日本人の表現には合うようですね。
(参考:『日本語誤用辞典』p.213)
普段は「意志をぼかす」ことで丁寧さを表すのに、自分の責任を表すときは、あえてはっきり他動詞を使う。
これが誠意になる。
ちょっと矛盾しているようにも見えますが、根っこにあるのは「相手への配慮」なのかもしれません。
- アナウンスや結婚報告 → 押し付けにならないように、意志をぼかす
- 自分の失敗の謝罪 → 責任逃れに見えないように、はっきり認める

どっちも「相手への配慮」が出発点だと考えると、ちょっと納得できる気がします
まとめ:ことばっておもしろい
今回は、日本語の「ものに注目する」言い方について見てきました。
- 日本語は、動作主をあえて表に出さない表現を好む傾向がある
- 動作主をぼかすことで、丁寧さや謙虚さが感じられる
- 責任を表すときは、他動詞を使ってはっきり言うのが誠意になる
授業で扱うときも、自動詞・他動詞を「文法ルール」として暗記させるだけじゃなくて、「日本人の使う感覚」として伝えられると、より理解してもらえるかもしれません。
私自身、ピンポン玉のときに「壊れた」って言って怒られた経験があるくらいなので(笑)
自他の使い分けって本当に奥が深いなぁと思います。
一緒に、少しずつ感覚を共有していけたらいいですよね✨
最後まで読んでくれてありがとうございます!
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